知識と感性と。

大学研究室が地域社会に関与するとしたら、恐らくそこには2つの方向性があるのではと漠然と思っています。

一つはそれは、蓄積してきた知識です。僕の研究室では、特に延岡市に関わる様々な情報、特に見過ごされてきた身近な歴史について集めてきました。これらは写真や文献、最近では映像、そしてこういったカタチにはなっていない様々な人々の記憶の中にのこされた情報です。

文化財という考え方があります。人々が歴史上構築してきたさまざまなモノを制度上の枠組みで保護していく、というものです。ただその枠には入ってこないモノというのが、街中には沢山あります。実はそれこそが、市民にとっては身近な対象。自らの記憶と直接つながっている思い出の品々です。

僕は"そういったモノが街中には沢山あります"、という事を、延岡へ来て数年間色々な所で話してきたり、書いてきたりしました。どこかで僕の文章をご覧になった方も多いのではないかと思います。

どうしてそんな事をやってきたのかというと、こうした身近な記憶こそが、人々と土地とをつないでいける重要なアイテムであるからだと考えているからです。折りしも東日本大震災は、そういった場面が多くあらわれていたようです。写真を残そうとする人々の活動を、テレビでご覧になった方も多いのではないでしょうか。

こうした記憶をどう使っていくのか。これこそが、今、僕が考え、取り組んでいる事です。

大学研究室には、望まれている事柄がもう一つあります。それは学生という素材です。学生はエネルギーに満ちあふれています。彼ら彼女らの若い力と感性は、街中にとっては大きな魅力なのかもしれません。

ただ、注意してほしいのは、学生と一緒に何かをつくっていくという点においては、あくまでも学生達が自ら行動しはじめるのを待って頂きたいのです。もちろん若い学生達には、知識と経験が不足しています。彼らが大学では得られない様々な知を実践的に学習する事は、これから社会人として生きていくためにとても必要だと実感しています。

しかしながら、情報が溢れる現代においてもヒトのキャパシティーが変化している訳ではありません。世の中で生きるリテラシーを構築中の彼らにとってはなおさらです。個人差もあったりします。街中は彼らの教材として存在している訳ではないのですから、無理して彼らのために何かしてやらなければ、と考える必要もないと思います−強いて言えば、それは僕の役割です−。

したがって、彼らが街に目を向けたとき、もし街中にたまたま必要性があれば一緒に何かしよう程度に考えてもらえれば、それが一番いいのではないかと、最近は思っています。

彼ら彼女らは必ず自分達で芽を出します。その時まで、一人ひとりと接する機会があれば、暖かく見守ってもらえればありがたいです。市民と学生とがうまくいっている街、例えば京都なんかをみていると、この関係がよく出来ているなと関心します。

延岡でも、街と大学とがそんな関係を目指していけたらいいなと思っています。

yamatosh